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不正指令電磁的記録は、法案審議時にどう定義されたか

2019年3月8日

現在、不正指令電磁的記録に関する罪(刑法第168条の2)で、逮捕者などが続出して、議論になっている。大きく分けて、議論は2つある。一つは coinhive(以下、コインハイブ)と呼ばれるサービスに関するもの、もう一つはブラウザーにおけるアラート機能の無限ループ(以下、アラート無限ループ)に関するものである。これらのうち、コインハイブについては現在裁判が行なわれている(2019年2月18日結審、3月27日判決予定)。

コインハイブに関しては、裁判の被告人だと思われる方が、経緯をブログで紹介している。また、高木浩光氏、片瀬久美子氏らによるブログ記事が詳しい。

仮想通貨マイニング(Coinhive)で家宅捜索を受けた話
緊急周知 Coinhive使用を不正指令電磁的記録供用の罪にしてはいけない
懸念されていた濫用がついに始まった刑法19章の2「不正指令電磁的記録に関する罪」
魔女狩り商法に翻弄された田舎警察 Coinhive事件 大本営報道はまさに現代の魔女狩りだ
Coinhive事件、なぜ不正指令電磁的記録に該当しないのか その2
警察庁の汚い広報又は毎日新聞の大誤報を許すな
「コインハイブ事件」の解説
コインハイブは不正指令電磁的記録に該当するか?

これらのブログ記事も含めて、現在、刑法第168条の2の法文と検察側・弁護側の主張を照らし合わせて、コインハイブなどがこの法律に違反しているかどうかが盛んに議論されている。様々な議論があって、詳細は他に委ねたい。他方、この法案審議時に、政府と国会議員との間でどういう議論があったのかは、現在までの所余り取り上げられていないと思われる。ここでは、法案審議時に時の法務大臣が不正指令電磁的記録をどう定義したかについて、議論したい。

不正指令電磁的記録に関する罪は、2011年に法律が施行された。刑法の次の条文がそれに相当する。

第十九章の二 不正指令電磁的記録に関する罪
(不正指令電磁的記録作成等)
第百六十八条の二 正当な理由がないのに、人の電子計算機における実行の用に供する目的で、次に掲げる電磁的記録その他の記録を作成し、又は提供した者は、三年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。
一 人が電子計算機を使用するに際してその意図に沿うべき動作をさせず、又はその意図に反する動作をさせるべき不正な指令を与える電磁的記録
二 前号に掲げるもののほか、同号の不正な指令を記述した電磁的記録その他の記録
2 正当な理由がないのに、前項第一号に掲げる電磁的記録を人の電子計算機における実行の用に供した者も、同項と同様とする。
3 前項の罪の未遂は、罰する。
(不正指令電磁的記録取得等)
第百六十八条の三 正当な理由がないのに、前条第一項の目的で、同項各号に掲げる電磁的記録その他の記録を取得し、又は保管した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する。


この法案は、第177回国会に於いて2011年に審議され、同年法案が通過、法律が施行となった。法案審議時の議事録は、国会ホームページの次のページから閲覧することが出来る。衆議院は5/25, 5/27, 5/31、参議院は6/7, 6/9, 6/14, 6/16の審議が、それである。

第177回国会衆議院法務委員会議事録
第177回国会参議院法務委員会議事録

ここでは、審議の中から江田五月法務大臣(当時)の発言を抽出しながら議論することにする。なお、私のブログの別のページに、法務大臣の該当答弁をピックアップしてあるので、別途参照して頂きたい。

まず、一般論としてであるが、
「電子計算機を使用する者一般の信頼を規範的に判断をしていくということでございまして、プログラムの具体的な機能に対するその使用者の現実の認識を基準とするのではなくて、一般に認識すべきと考えられているところが基準になる」(法務大臣答弁; 以下、引用は断りのない限り法務大臣答弁)
とされている。これは、裁判における検察側の主張
『「不正指令」には、機密情報を窃取・悪用したり、PC等を破壊するなどの「限定された実害」を生じるものだけに絞られない。もっと広範囲に「使用者の意図に反する動作をさせるべき指令」であれば該当する。』
とも、関連する。つまり、「その使用者の現実の認識を基準とするのではなくて」と大臣が規定しているにもかかわらず、検察側は使用者の認識を基準にしていると思われるフシがある。「基準とする認識」については、使用者や警察・検察が定義するのではなく、「一般に認識すべきと考えられているところ」を、その一般に詳しい専門家達が定義するのが正しいやり方であると、法務大臣は答弁したと言える。しかるに、裁判で証人として呼ばれた専門家は、弁護側の高木浩光氏のみで、検察側は専門家を証人として呼ばなかったようである。検事がITの専門家でない限り、裁判に専門家として出席したのは高木浩光氏のみであった事になる。

第177回国会では、法務大臣が不正指令電磁的記録に該当する例と該当しない例を幾つか取り上げている。以下に、抽出する。

不正指令電磁的記録に該当する例
「利用者の意図に反してデータが消去をされてしまう」
「電子計算機の機能を麻痺させる、あるいはその作動が容易に回復しないような状態に至らしめるという重要なもの」
「そのまま実行すると使用者の知らないうちにハードディスク内のファイルを例えば全て消去してしまうようなプログラム」
「コンピューターの中身を全部外へ出すとか全部消去するとか」
「文字を入力するだけでハードディスク内のファイルが一瞬で全て消去されてしまうような機能がワープロの中に誤って生まれてしまった」


不正指令電磁的記録に該当しない例
「これは消去用のソフトですよということがあれば、そして、それをウエブにアクセスして、消去用のソフトが欲しいなと思っている人が見つけて、それを使えば、これはウイルスになるようなことはあり得ない」
「ポップアップ広告が不正指令電磁的記録に当たるとは考えておりません」
「(とりわけフリーソフトウエアなんかの場合に)コンピューターをいじっていて突然フリーズをするとかあるいは文字化けをするとか、いろいろ不都合が起きる」
「私も自分のホームページがフリーズしてしまうなんてこともそれはありますが、ある意味そういう許された危険」
「コンピューターが一時的に停止するとか再起動が必要になるとかいったもの」


従って、前半の該当する例やそれよりも重大なものはすべて不正指令電磁的記録と定義づけられた。他方で、後半の該当しない例やそれよりも軽微なものはすべて不正指令電磁的記録ではないと定義づけられた事になる。例えば、法務大臣の言った「私も自分のホームページがフリーズしてしまうなんてこともそれはありますが、ある意味そういう許された危険」と、ブラウザー(もしくはコンピューター)のレスポンスが一時的に鈍くなる事を比較した場合、レスポンスの一時的な低下は明らかに不正指令電磁的記録ではないとされていたはずである。他に裁判で議論された消費電力の軽微な増加や、CPU冷却ファンの無視出来るほどの寿命の短縮など、不正指令と定義づけるための理由になるとは、とうてい考えられない。同様に、タブを閉じるだけで表示を終わらせることの出来るアラート無限ループも、不正指令とは言えない。

2011年の審議内容を見てみると、不正指令かどうかの定義は、それがバグによるものかどうかとは無関係に行われるとされていることが分かる。法務大臣はこの点の説明に苦心しており、バグだという理由で不正指令ではないという言い逃れを許さないと共に、バグを作り込んでしまったことその物はプログラマーにとって不正指令の作成罪に当たらない事を、時間を掛けて説明している。この事を鑑みると、上で取り上げた不正指令に該当しない例はすべて、バグ由来かそうでないかとは無関係に、その内容を吟味するべきだと私は思う。

従来、法律の条文と警察・検察の主張との乖離を元にコインハイブやアラート無限ループが不正指令電磁的記録ではないと色々な所で結論づけられている。それに加えて、法案審議時に法務大臣が、こういったものは不正指令には当たらないと明確に述べていたことも強調されるべきなのではないかと、私は思う。

そもそも、法務大臣は審議の際、次のように述べた。

「やはり私はウイルスとの闘いというのはずっとこれからも続いていくんだろうと思います。
 そんな中で、やはりそういう社会的な信頼というのを守るに際して、その根源を作り出してしまう、社会的信頼を壊す根源を作り出してしまうコンピューターウイルスの作成というところに焦点を当てて、これに当罰性を持たせるということは必要なことだと思っております。」


つまり、この法律はコンピューターウィルスとの闘いを遂行する上で必要なものとして成立・施行されたものだ。しかるに、警察や検察は、専門家の見解に依らない自身のみの価値観で、ささいな迷惑行為を取り締まるために使用しているのではないのか?彼らが問題にしている迷惑と、この法律が取り締まろうとしているコンピューターウィルスとは、その重大性に於いて大きく乖離している。警察や検察の行なっていることは、法律の趣旨を大きく逸脱していると言わねばならない。

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